さとちゃんとおじー 

低血糖症を煩い、仕事退職→結婚でサンフランシスコに移住。年の差国際結婚。太鼓叩き。アラフォー女子の生活。

受け取り方は様々

またコロナでシャットダウンになってしまった。

 

と言っても、もう引きこもりのこの生活に慣れきってしまっているので、我々には大して影響はなく、外食できないとか、友人に会えない・・と、寂しく思うこともない。

 

ただ、ようやく少しづつビジネスが復旧してきたところだったのに、これでまた仕事を失ってしまう人、生活に影響してしまう人が出てしまうのは悲しいこと。私も最近、コロナが原因でキャンセルになったものがあるが、自分と家族の健康を守ることが第一なので、別に落ち込むこともなく、ただ、しょうがないとだけ思う。こうして毎日暮らせているだけで感謝の気持ちでいっぱい。

 

なので、マスクでのコミュニケーション、ソーシャルディスタンスも特に不快はない。

不便を感じたら、ゆっくり大きな声で喋ってもらうとか、ちょっと距離を置いてもらえますか?と伝えれば良いだけのこと。全てに置いて良好なコミュニケーションというわけではないけれど、コロナ以前だって、不快なコミュニケーションを取る人はいたわけだし、コロナで制限がかかったからコミュニケーションが不快な方向に進む。。。というのは、少なくともおじーと私にはあんまりないかな。。という気がしている。

 

 

さて、最近、おじーの友人がfacebookでこんな投稿をした。

 

「facebookのプロフィール写真でマスクをつけている人は、私を友達から削除してください。」

 

私も数回、このおじーの友人に会ったことがあるのだけど、非常に陽気な面白い人で、彼を知る人なら(または知らない人でも?)、これがギャグで、文章には書かれていない彼の真意を汲み取ることができる。

 

「またシャットダウンになってしまって、直接コミュニケーションを取る機会がどんどん減っってしまっている。外でのマスクはもう当たり前だけど、せめてインタネット上では顔が見える関係でありたい。」

 

彼は今回の投稿以前に、「XXXな人は私を友達から削除してください。」という投稿を続けており、ちょっと世の中を皮肉った冗談や、クスッと笑える投稿をしていた。私は今回、ちょっとおじーに彼の投稿を見せてもらっただけだからよく分からないけれど、それでも彼の人柄を思い出してみると、ポジティブで茶目っ気があるイメージが湧いてくる。

 

ただ、このご時世、しかもfacebookという、ともすれば、会ったことも、喋ったこともない人がぞろぞろ繋がっている世界で、彼の言葉はギャクにもならなければ、真意を汲み取られることもなく、否定的なコメントがたくさんついてあっというまに炎上し、本当にfacebookから友達削除されるということが起こった。

 

ちなみに彼は一言も、「自分はマスクはつけません。」とも、「マスクに反対です。」とも言っていないのだが、ちょっと見た限り、「コロナで家族を亡くしたひとの気持ちを考えろ。。」とか、「配慮がない、冗談がきつい。」みたいなコメントがたくさんついていた。

 

これで思い出したことがある。

 

私はもう全然SNSを見なくなってしまったのだけど、コロナで日本(東京)も色々と制限が設けられ始めた頃、ふとSNSをみる機会があったので、どれどれ。。。と見ていたら、

 

「私はマスクをしません。何故なら。。。。。」、「私はマスクに反対です。何故なら。。。」という、日本人の記事がいくつか目に飛び込んできた。

 

語り口調は穏やかで、マスクやソーシャルディスタンスに伴うコミュニケーションの変化について、コミュニケーションの温かみを大切に思うからこそ、やれマスクだ!なんだ!という風潮に賛成できないという意味合いのことが丁寧に書かれていたと記憶している。そこに書かれていたコメントもいくつか読んだが、好意的に受け止めている人、賛成するコメントが多く、ちょっと驚いたのを覚えている。

 

日本とアメリカでのコロナの状況は違うし、そもそも、人の数だけ、見解も違うのだと思う。

 

私とおじーは、

 

「命、健康を守るためにできることはやろう。その中で、できるだけ穏やかに過ごして行こう。」というスタンスで、周りの人たちも同じスタンスの中で生きているし、少なくとも、カリフォルニア州、サンフランシスコを始めとするベイエリアで発令された自宅待機要請というのは、そこのところの共通理解を促しているものと理解して、我々はそれに賛同した。それだけだ。

 

国が変れば、状況も変わる。

 

発言する人、そして発言の仕方によっても、それを受け取る人の反応も違うだろう。

 

なんだか似たようなことを、今回のアメリカの大統領選挙でも思った。

 

私が思っていたよりも、トランプ支持者がアメリカにも、日本にも多い印象だった。

対中関係だったり、色々と国が置かれている立場から、トランプを支持するというのも理解できる。別にそれが悪いことだとも思わないけど、私自身は、大統領自身のツイートや実際の発言に少なからず傷つき、安心ではなく不安を感じてしまった1人なので、大統領にはもっと別の表現を選んで欲しい・・とそう思っている。トランプを支持する人でも、彼の表現を不快に思っている人がいるかもしれない。ただ、どっちを選ぶ?といった場面では、見えてきづらい意見があって、そこが誤解に繋がるのではないかな?と思ったりしている。

 

 

マスクをつけていない人に対して、「私はコロナについて不安を感じているので、あなたと話す時は適切な距離を置いて話すか、または別の機会にするか、可能であれば、あなたにマスクをつけて欲しいんです。」とお願いした場合、彼らが快く私のリクエストを承諾してくれるといいなーと思う。

 

まあ、おじーの友人の投稿については、彼自身、「ありゃー、やっちゃったー苦笑」と思っているようで、反対意見を全て否定的には捉えていない様子が、おじーとの電話の会話の様子で伺えた。 

 

本当に、受け取りかたは様々で、私もよく、「キーーー!!!」となったりするけれど、あんたが悪い、それはいけない!以外の他の道をもっと取れるようになれたらいいなあと思い、今、期末テストと課題で追われて超大変なんですが、ちょいと書き留めておこうかな。。と、久しぶりにブログを書いてみましたー。

 

では、みなさま(まだ、私のブログの読者の方がいらっしゃると想定して。。。笑)

健康第一で、大変なご時世ではありますが良いお年をお迎えくださいね。

 

さとちゃん

 

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おじー画伯の作品


 

 

Peace On The Left, Justice On The Right

 連日、TVのニュースから抗議のデモの様子が伝えられ、あっという間に、コロナが何処かへ行ってしまった。。

 

今まで、散々コロナ三昧だったのに、一気に世界は守りのエネルギーから攻め(抗議)のエネルギーに変わってしまった。

 

正義を主張するための抗議なのに、ニュースの画面には火が燃え盛り、破壊されたショーウィンドウから物品を持ち去る人々、コロナの一件で、あれだけ散々注意喚起され、耐えて過ごしてきた日々がまるで泡にでもなるかのように目が眩みそうなほどの人が集まっている様子が繰り返し伝えられ、私はちょっと意味が分からなくなってしまっていた。

 

もともと、このブログでも、私のトップの関心事としてアフリカン・アメリカンの事は書いてはいたし、何と言っても、旦那さんであるおじーはアフリカン・アメリカンである。おじーから、アメリカでアフリカン・アメリカンに突きつけられている現実を学んでいるつもりでいたけど。。

 

でも、画面に映し出さた映像を見ていると、

「コロナは一体どこ行ったー (^^:)」

 

とか、

 

「なんで暴動にならなくちゃいけないわけ??」と、突っ込みたくなっちゃうわけです。

 

もちろん、暴動に関わっている人はごく一部だとしても、

 

なんだかこの抗議活動に対してすっかりネガティブな気持ちになってしまっていた私。

 

 

おじーに聞いてみたら、

 

「自分ももっと若かったら、デモの最前列で活動に参加していただろう。でも、今はそれをする体力もないし、自分の健康を守ることで精一杯になってしまった。」とおっしゃる。いつも元気そうにみえるおじーだけど、色々私が心配してしまうこともあるのも事実。

 

コロナに関しては、州によって、または人によってコロナ対策や意識が様々。

「コロナなんて、しーらない!」みたいな態度をとっている人には、おじーも私も白目向いてるくらい警戒しており、だもんで、デモ参加者がマスクをして抗議に参加しているのはわかるんですけど、

 

さとちゃん的には、この状況で集団そのものが

 

ギョエーでして・・・(><)

 

 

「さとちゃん、それはね、情熱なんだよ。リスクを犯しても立ち向かいたい、変えたいものがあるんだよ。」と、おじー。

 

さとちゃん、絶句。

 

おじーを通じて、アフリカン・アメリカンの置かれている状況をある程度は理解していると思っていたのに、それはうわべだけの教科書で習ったような事で、肝心な事は何もわかっていないんじゃないか。。と。

 

どよよん。。とうなだれていたら、おじーが友人と電話で楽しそうに話しているのが聞こえてきた。というか、話し声がでかくて(部屋が小さいというのもありますが、、)聞きたくなくても聞こえてきちゃうんですけどね(^^;)

 

 

自分はもう若くないし、体調を考えてもデモにはいけないけれど、

 

ニュースを見たかい?多くの白人とそして若者達が集まってるじゃないか!

 

アフリカン・アメリカンは人口の13%くらいなもんだぞ。今までどんなに抗議したところで、それは埋もれて終わってしまっていた。

 

今は世界中にも広まっている。

 

なんて素晴らしい事なんだろう!

 

 

それを耳にして、やっと今回の抗議が自分の腑に落ちた。

 

 

この状況で、人種を問わず、年齢問わず、多くの人が関心を持って正義の為に立ち上がっていることこそが、どれだけ生き辛さを感じて過ごしているアフリカン・アメリカンの人たちの心の支えになっていることか。

 

 

これ↓ ちょうど、おじーと一緒にLive(生放送)で見てたんですど、私も号泣。

youtu.be

 

アメリカにおける警察というのは、そもそもなんなのか?

 

何故、アフリカン・アメリカンが警官に殺されてきたのか?は、おじーから聞いたのだけど、自分でもうちょっと勉強してちゃんと伝えられるようになったらブログに書こうと思います。なんでこんなことが言えてしまうのか?↓ということ。

www.bbc.com

 

 

ちなみに、暴動や略奪について、

 

「故意に暴動を起こしている可能性だってあるし、そういうことをするプロだっている。政治も絡んでいることだし、表面だけではなくて何が起こっているのか(起ころうとしているのか)注意してみてた方がいいよ。」

 

とのこと。

 

なるほど。。。

 

読みが甘かったわ。。。 

 

まあ真相はわからないにしろ、今、注目したいことは、

正義を求めて変わりたがっている強いエネルギーがあるということ。

 

つい最近シェアしたばかりですが、ここでももう一度。

 おじーのメッセージ(ポエム)

www.youtube.com

Let there be peace and love like stars in the sky
Shining in the blackness of the cosmos
Beaming their energy to our hearts and our minds
Spirit rise 

Spirit love
Spirit is everything


このエネルギーのうねりが正義と平和を世界に広げていきますように。

 

Faster than the speed of love

今となっては、もう随分むかしの事のように感じる、約2ヶ月前のこと。

 

おじーがいつものように、生徒たちからのお礼のメッセージをもらって帰宅した。(おじーは小学校で教える先生でもあります。)

 

あちこちの小学校に派遣されて働くおじーは、学期末やら何やらに、子ども達からのメッセージをたくさん持ち帰ってくる。担任の先生の指導で子ども達が書いているのだけど、私がこっちに来てからの3年間でもそりゃもういっぱいのお手紙をもらっている。

 

たいていは、「おじーのドラムが大好きです!」とか、「あなたは最高のドラマーです。」とかそんな感じなのだけど、今回は、特にお気に入りのコメントがあるということで、私に見せてくれた。

 

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ちょっと写真がボケてるかもしれませんが、こう、書いてあって私を驚かせた。

 

The beat of your music is faster than the speed of love. Never give up drumming!

(直訳)あなたの音楽のビートは愛のスピードより早い。ドラムを叩くことを決してやめないでね。

 

小学3年生の女子のメッセージである。

 

おじーが超高速でドラムを叩いてるイメージが湧いてきて笑った。

 

おじーはどちらかというとじっくりドラムを叩くたちだし(スピードとテクニックを駆使した派手な演奏はおじーは好きじゃないみたい。)、子どもたち相手の演奏で早いリズムを叩いているとも思えない。

 

きっとこの3年生女子にとっての愛のスピードは、おじーの大地を踏みしめるような太鼓のリズムより穏やかなスピードなのだろう。愛のスピードがどんなものだか、詳しく考えてないだろうけど、「愛のスピードより早い。」という、この部分にグッときてしまった。

 

愛のスピードより速いドラムビート。

 

で、それは一体、なにを意味するのか?は謎ではあるけれど、むかーし読んだ村上春樹の「ノルウェーの森」にも、似たような表現があったよな。。そういえば、と思い出した。

 

なんだか熊がごろごろ。。。とかいう。。。

(調べました。「春の熊くらい好きだよ。」というセリフのところ。)

 

世の中には、私なんかが想像もつかないような面白い愛の言葉をもらっている人がたくさんいるんだろうけど、私は、この小学3年生の女の子が、72才のおじーの為に奇跡的に綴った言葉の、このリアリティにたまらなく感動している。

 

 

時は現在に戻りまして、

 

コロナウイルスが、これまたおじーのドラムビートよりも速いんじゃないかって勢いで蔓延している。

 

おじーと私は、小さなお部屋でこじんまりと生活している。よく耐えてるよな〜と思う。自分の身を守ることも大事だけど、おじーを生かしたいという使命に燃えるさとちゃん。日本はなんとか大丈夫そうだな、ちょっと安心できるかなって思ってたのに(オリンピックをやるって話もあったくらいだったしね。苦笑)、ここにきて感染者の数が増えてきて心配。。。こういう時、家族が離れているというのは切ない。。。

 

愛のスピードがコロナウイルスのスピードを上回ってくれる事を切に願う。

 

Nothing is faster than the speed of love 

by さとちゃん

 

みなさま、どうぞ健康でいてくださいね。

セキュアカードのこと。(アメリカでクレジットカードを作る。その2)

今となっては、むかーし昔、その昔のこと。

私はこんなブログを書いていた。これ↓

 

satocomedy.hatenablog.com

 

 

やれ、クレジットカードが作れなーい!と、わめき苦しんで(は、いませんが)いた時、

 

ふと、じゃあ、クレジットスコアがないアメリカの若者は、どうやってクレジットカードを持つのだろう??と思って、英語で検索してみたら、簡単に情報が手に入った。

 

セキュアカードという、クレジットスコアを貯めることができるカードを持てばいいという話で、上記のブログを書いたあと、私はあっという間にこのセキュアカードを手に入れた。

 

今では、頼んでもいないのに、毎日のようにカード会社から勧誘の手紙をもらう。

住所教えてないのにさ。。。まあ、使ってるセキュアカードの関連会社なんだろうけど。

 

私がアメリカでのクレジットカード(セキュアカード)の情報を日本語で調べた時、その時はあまり情報がなくて、クレジットスコアがなくても作れるカードを紹介していた人もいたのだけど、年間手数料が50ドルだか、とにかく手数料を取られるものだった。

 

結婚でアメリカに来た人の多くは、旦那さんとの共同名義のカードが多いみたいで、同じ移住組に何人かに聞いたのだけど、誰もクレジットスコアがない人がカードを持つ方法を知らなかった。

 

というわけで、海外からの移住組がセキュアカードを持つ需要がどれだけあるのか不明ですけど、一応、参考までに私の使っているDiscover のカードを紹介しておきます。

 

なぜなら、友人を紹介するとお互いに50ドルもらえるんだってー。

まあ、よくあるやつです。

 

refer.discover.com

 

特徴

・クレジットカードを同じように使える。

・時々、使えないお店もあるが、ま、だいたい、どこでも使える。

・クレジットスコアは6ヶ月経ってるから付加される。

・携帯のアプリで、カードでのお買い物をチェックができて、これが割と便利。

・買い物金額に応じて、ちょっとだけだけどキャッシュバックもあるよー。

・一応、いくつかセキュアカードの比較サイトをみた中で、これが割と評判がよかった。

 

詳細はウェブサイトからどうぞー。

https://www.discover.com/

 

しょうもない投稿ですみません。。。(^^:)

Aが取れない。。。

2020年、明けまして。

早速来週からSpring Smester(日本で言うところの1学期)が始ります。

 

そして、今回からようやく

・ 週5でアルバイト

・ 週3で授業

 

という、数年ぶりに、体調を崩す前の様なスケジュールを組むことになりました。

 

授業の後にアルバイト、アルバイトの後に授業、週末までは休みなし(週末にゆっくり休めるとも限りませんけど)、というのが、どれだけ私の体調に響いてくるか、まだちょっと心配でもありますけど、

 

そのために、通勤や時間も考慮し、あまりストレスがかからないアルバイトに出会えたこともあり、基本的に気は楽です。学校も家から近いし。。

 

さて、去年一年は、体調不良と英語の勉強に苦しめられた一年でした。。(^^;)

 

頭痛、腹痛、吐き気、動悸・・・と、まあ、色々ありましたが、それでもなんとか無事に(意地で)授業を受け続け、とりあえずなんとかクリア。

 

そんな嬉しくない体調でしたけど、おそらく、私の人生の中で一番勉強したんじゃないか?とすら、思いました。

 

一応、受験生の時に勉強してるはずなんですけど、当時は1日勉強に時間が使えたし、家事はやらなくて良かったし、そもそも若いからまだ脳の回転が良かったと思うし。。。などなど

 

 

今回、体調が悪くて、大分おじーの世話になりましたが、

まあ、一応、家事もやりますし、ドラムも叩きますし、アルバイトもしますし、お部屋は狭いし(おじーがテレビを見ると、勉強終了。集中できないので。。)

 

なので、そんな中で、時間を見つけて必死で勉強したんですけど、

 

どうしても、一番上の成績、Aが取れない・・・。

 

リスニングやら、スピーキングのクラスだったら、まだAは取れる・・(と言っても、まだまだ苦手ですけど)、

 

でも、読む・書くのクラスでは、どうしてもAが取れない。。。(TT)

 

あれだけ勉強したのにーーー!!と思っちゃうから、切ない。。

 

成績は勉強の量じゃなくて、どれだけ理解しているか?だよな。。そうだよな。。

私、まだちゃんと理解してないところいっぱいあるもんな。。。そういえば、具合も悪かったしな。。

 

 

でも、さらにもっと勉強する時間を作らないと、その理解していない部分を埋められない。。。

 

このままでは、次のクラスでは落ちこぼれになってしまう可能性が高いな。。うむむ

 

まあ、どうなるか見てみることにして。。と。

 

おじーや他のクラスメートに話すと、

 

「パスしたんだったら、成績はそんなに気にしなくても大丈夫だよ〜。所詮、人が決めた成績なんだからさ〜。」と言う。

 

そう言う人たちは、大抵、オールA取得者である。

 

私もこれがESL(英語のクラス)じゃなかったら、あんまりこだわらないんですけどね。。

 

大学の時の成績なんて知らないで卒業しちゃったしさ。

 

こと、英語となると、

 

なんでいつまでたっても、できないんだーー、ギイーーー!!である。

要は神経質になりすぎ。(^^;) ちょっと落ち着け、俺。

 

ただ、ちょっとビックリしたのが。。

 

去年、近所のスーパーのバイト募集にオンラインで申し込みをしていたところ、

 

なんと、学校の成績を記入する欄があった。。。(しかも必須)

 

日本にいた時も、そして、こっちの日本関連でのアルバイトに応募した時も、

学校の成績を聞かれたことはなかった(どうせ知らないけど。。)ので、

 

アメリカは、スーパーでのアルバイトでも学校の成績を申告しなくちゃいけないのかよ〜と、

怖気付いて、結局、応募をやめた。

 

まあ、成績がどれだけ重視されてるのかもわからないし、自己申告なら適当に書くこともできちゃうんだけど、

 

アメリカにきて、実際に自分も学生になってみて思ったのは、

 

勉強しないと単位が取れないぞ・・・。(当たりまえ・・)

 

しかも、本気で勉強しないと、単位取れないぞ・・・(私にとっては)

 

というわけで、改めて学生を尊敬しました。。。

 

 

私が日本で学生だったのは随分前のことですけど、私は全く勉強しませんでした。

それでも大学を卒業してしまったので、そもそも日本の学生の勉強量って、他国と比べるとどうなってるのかな?とちょっと不思議に思ったり。

 

そんなこんなで、今年も苦労してお勉強です。まあ、楽しくもあるのですが。

今年もまた、ブログをお留守にすることが多くなりそうなそんな予感ですが、

 

みなさま、今年もどうぞよろしくー。(^^)

おじーの小話

 

私にとって、今年は全体的に具合が悪い年だった。

 

心身ともにキツかったけれど、いつもおじーに支えてもらって2人で乗り越えたな〜と。

 

おじー、ありがとーう(^^)

 

何が支えになっているかって、それは、おじー小話で、前にもこんなのを書きましたけど、

satocomedy.hatenablog.com

 

 つい最近の話では、

おじーが病院に検査に行ったら、会った人が皆ことごとくおじーにとても親切で、親切を通り越して、「あなたに会えてよかった!」と2人から言われて帰ってきたという。

(1人は看護師で、1人は待合室にいた患者さん。他の人からもファッションを褒められたりしたらしい。)

 

つい昨日も、

 

「トイレで出会ったアフリカンアメリカンの男性とちょっと会話をしたんだけどね、調子はどう?って聞いたら、毎日、自分が祝福されていることを感じて感謝の気持ちでいるって。そして、今日が誕生日なんだ、っていうから10ドルあげたの。彼、涙流してたよ。」

 

この男性はおじーがトイレに入った時、洗面台を占領して身体を洗っていたとのこと。大量の荷物が側にあったので、ホームレスなのだろうと察するおじー。

 

毎度の事ながら、さとちゃん、じーーーん。(TT)

 

 

こんな感じで、だいたい週1くらいでおじー小話がある。おじー小話は、全くの赤の他人とのコミュニケーションの話もあれば、おじーが教える学校の子どもたちの事だったり、同僚の先生だったり、まあ、色々。

 

それのどれもが、タイトルをつけて物語として保管しておきたくなるような、そんな心温まる話で(私にとってはですけど、)、私が体調不良で外に出られなかったり、出られても気持ちが落ち込みがちの時、おじーの小話は薬として良く効いた。

 

 

 

 

 

さて、さとちゃん、サンフランシスコに来て3年。

 

色々なことをブログに綴ってきたけれど、これからはおじー日記にしようかな〜と考えている。おじーの写真と一緒にその日のおじーの記録を。

 

言うなれば、育児日記のおじー版かな。(^^)

 

果たして、来年どれだけブログが書けるのかわからないけれど、

とにかく、今はそんな気持ちでいます。

 

風邪引いて、寝込みつづけて1週間。

みなさま、どうぞ暖かくして良い年をお迎えくださいね。

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さとちゃんとおじー 2019年