さとちゃんとおじー 

低血糖症を煩い、仕事退職→結婚でサンフランシスコに移住!年の差国際結婚。太鼓叩き。アラフォー女子のぐうたらな生活。

希望を叶える。

日本帰国中、こんなことがあった。

 

近所の駅ビルでおじーとお昼を食べていた時のこと。

 

おじーが注文したのは、和食セットみたいな感じで、大きなお盆に、お刺身や天ぷら、お惣菜等、様々な味を楽しめる、2000円位のもの。まー、ランチとしては上等なものを選んだわけです。(私の感覚ですけど。)。

 

その小鉢の一つに、レタス等の葉のものの上にポテトサラダがのっかっていたものがあったんですけど、

 

おじーはポテトサラダが大嫌い。(^^;)

 

そこで、「ポテトサラダを除いて、その分、葉のものをちょっと足してくれないか?」と頼んだ。(通訳はさとちゃん。)

 

これ、私の感覚だと、アメリカだと大抵ちゃちゃっとやってくれるんですけど、日本だと、「んー、ちょっとどうかな〜?」とは思った。

 

個人営業のお店であればアメリカみたいに融通がきくかもしれないけれど、ここは、駅ビル。レストランは全部チェーン店だ。

 

私の感覚でも、「自分でポテトサラダだけ除けて食べればいいんじゃないの?」と思ってしまうのだけど、おじーが、どうしても聞いて欲しいというので、聞いてみた。

 

案の定、まだ十代と思われるバイトの女の子がオドオドしながら、「一度、出してしまったものは、取り替えることができないんです。。。」と言う。

 

「手もつけていないし、ポテトサラダを除けて、葉っぱを足す事が難しいことだとはどうしても思えない。どうしてできないのですか?」と、おじーも粘る。

 

隣に座っていた家族連れが、興味津々の様子でこちらの様子を伺っていた。

 

「大抵の日本のサービス業は、ルールありきで進んでいる。スタッフはルールに従っているだけで、ルールからそれた行動を起こせるほどの柔軟性は残念ながらないんだよ。。」と、さとちゃんの意見を伝える。

 

「ここはアメリカではないし、さとちゃんの手前、こういうことをずっと我慢してきたけど、でも今回はどうしても我慢したくないんだ。なんで駄目なのかを知りたい。」というおじーの言葉で、結局、店長に直談判することになった。

 

出て来た店長は、これまた人の良さそうな、私より10歳位若いであろう男性だった。

 

自分は通訳に徹するときめて、おじーの言葉を店長に伝えた。

 

最初は、「申し訳ありませんが、できません。。」。と、言っていた店長だったが、結局、今回は特別ということで、おじーの意見が通り、葉っぱだけのサラダがやってきた。

 

店長にお礼を言い、お店を出る時にも、もう一度、店長にお礼を言いに行ったおじー。

 

別に誰かを嫌な気分にさせようなんて思ってはいない。ただ、自分の希望を伝え、それが叶わないとき、どうして叶わないのか?それが知りたいのだ。

 

 

もう10年以上前だったか、同じ様な話を聞いたことがある。

これもまた、カリフォルニア出身のアメリカ人の話だ。

 

日本にわりと長く住んでいる人で、ある日、カフェに行って、グレープフルーツジュースだかなんだかを頼んだ。

 

ところが、そのお店には、メニューにグレープフルーツジュースがなかった。そのかわり、カンパリグレープ(お酒のカンパリとグレープフルーツジュースのミックス)がメニューにあった。

 

要は、グレープフルーツジュースはそのお店にあるのだ。ただ、メニューには載っていない。

 

おじー同様、このアメリカ人も「なんでグレープフルーツジュースがあるのに、注文できないんですか?」とたずねる。

 

「メニューにないんで。。。」と答えるスタッフ。

 

おじー同様、店長に直談判。

 

おじー同様、「今回は特別に・・・」というわけで、グレープフルーツジュースがでてきたらしい。たいしたことでもないのに、何故「特別なんだ?」と、腑に落ちなかったらしい。

 

この2人に共通していること、それは、自分達の希望は叶ったけれど、何か罪悪感も一緒に受取らされたこと。あなた達は特別なんですからね、という念押し。

 

 

ところかわってアメリカ。

 

テレビのリモコンが全然きかなくなって、おじーがコールセンターに苦情を言ったことがあった。

 

数日間、テレビを見れなかったことにがっかりしたことをとくとくと伝えたところ、3ヶ月無料で映画見放題のチャンネルをサービスしてくれた。ぱっぱと明るく会話が終る。これ、おじーの電話に出たコールセンターの係の人の判断でのこと。日本だと、まず、こんなことはなさそうだな〜と思ったものだ。

 

  

ちょっと話は変わりますが、

Facebookでシェアされていたこの記事がとても面白かった。↓

dot.asahi.com

 

鴻上さんは、日本の同調圧力について語っている。

これはなかなか言い当てているなーと思った。

 

 

日本、アメリカ、どちらが良いという話ではない。

 

ただ、自分の意見をどこでも堂々と言い、行動にうつしているおじーなんかを見てると、内容はどうであれ、その精神性を羨ましく思う。と、同時に、人の希望を叶えることで罪悪感をあたえるサービスというのは、一体、なんなんだろうか。。と、考えてしまう。直接は関係ないかもしれないけれど、鴻上さんが話している同調圧力とちょっと似ている、または同じ類いのものなんじゃないかと思ったりした。

 

 

 

人生を楽しんでいる人というのは、自分の希望を叶えている人だよなー。

自分の希望を叶える行動をすることが、人生を楽しむポイントなのかもしれないよなーと、時差ぼけで眠れないさとちゃんはうつらうつらと思うのでした。

 

別に大した希望を持つ必要はないのだ。希望に沿わないものを我慢する必要もないだろう。

 

そして、人の希望を叶えることに、一緒になって喜びを感じられたら、さらに人生は楽しいだろうな〜〜と、

 

呑気なさとちゃんは、そんなことを思っちゃうんだけどね〜〜〜〜。

 

 

写真。日本の思い出。

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