disposable とgrief と・・・
連絡をして返事がないなんてことは、よくあることだ。
返事があっても、その後に続く返事がないなんてことも、よくあることだ。
ビジネスの場でだって、ビジネスまでいかないものでも、友人同士の関係であっても、
そんなことはよく起こる。
アメリカ人だろうが、日本人だろうが、◯◯人だろうが関係ない。
私がアメリカにいようが、日本にいようが関係ない。
そんなことはよくあることなのに、アメリカに来てからこの状況にいちいち反応している。
とっても悲しい・・・。その一言。
先日、おじーの親友夫妻のお家にお邪魔した。
2週間前に4泊滞在したばかりだったのだけど、快く私たちを向かい入れてくれた。
森の中にある彼らのお家は、自然溢れるリゾート地の高級ホテルよりも贅沢な時間をおじーと私に提供してくれる。
虫の鳴き声と、星々に囲まれ、時々、リンゴが木から落ちて「ゴツン」と大きな音を立てるのにすごくびっくりしたりなんかして・・・
生きることが瞑想みたいな、そんな場所だった。
おじーよりちょっと年上の、おじーの親友の奥様のB。
夕暮れ前の日が差し込むリビングで、色々なお話をしていた時に、
私が感じている、上に書いた「悲しい」ということについての話になった。
ちなみにおじーの親友はオランダ人で奥様はアフリカンアメリカン。
もともと東海岸で生まれ育った彼女は、やはりおじーと同様、若い時に西海岸(サンフランシスコ、ベイエリア)に移ってきた。
私の両親より年上の、アメリカ人である彼女が言ったこと、
「物事は移ろっていく。それはわかっているけれど、やはり、繋がっていたと思っていたものがそうではなくなってしまったと受け入れることは、まるで何かと死別したかのように心が痛い。あなたも私も、故郷から離れ、国際結婚をするという道を進み、今、ここにいる。とてつもない大冒険をしているのよね。」
話しながら、お互い目に涙を浮かべ、そしてその涙が頬をつたっていった。
おじーの親友夫妻は、お金持ちというわけではないのだけど、長年、2人が大切にしてきたものや作り上げてきたものが家中に(家だけではないのですが。。実際)ちりばめられていて、すごいことになっている。裕福とは、文字通り、この事を言うのだろうと思った。
とっても素敵なゲストルームがあるのだけど、実際にここに泊ったゲストは我々と他にあと1人だけだという。
彼らの作り上げた聖域に入るタイミングというのがあるだ。
昔の私だったら、彼らを気難しい人たちだな〜と思ったかもしれない。
でも、今は彼らの在り方から多くを学んでいる。
今までに私たちが持参したちょっとした手みやげも、全部、大切に扱ってくれていて、私はプレゼントをこんなに大切に扱ってくれている人に出会ったのは初めてだった。
(もちろん友人たちが、私からのプレゼントを大事にしてくれているのは知っているけれど、それを上回る扱いっぷりだったのよ。本当に。。)
彼らは慎重に、そして厳重に選んでいる。何を持って、何を持たないか。
誰に対して心を開くか、開かないか。
SNSを通じてどんどん膨れ上がっていく、いわゆる「繋がり。」
繋がりとは聞こえはいいけれど、これは言い換えれば、使い捨て(disposable)になるのだろうか。。とは、今日、英語のクラスで読んだ文章を見て思ったこと。
スピードと、質より量の、そんな社会。
条件にあう都合のよい人だけが選ばれて、合わなければ、はい、おしまい。
代わりはいっぱいいるのだから、あなたのことに気をかけてる、そんな時間はありません、よと。
物事はうつろっていく。
ネイティブアメリカンや、多くの民族が土地や文化を奪われたように、
あっとゆうまにインターネットが普及して、あっとゆうまに世界中に友達が作れるようになったように、
物事はうつろっていく。
自分に残ったものがわずかなものになったとしても、悲しみを何度も感じることになったとしても、
私は返事をし続ける人でありたいな。。と思った。
そして我が身を反省してみたりした。。
I will always write back. (という本を今、読んでます〜。お勧め。)
まずは森の家の住人と同様、自分にとって大事なものを選択することろからかな。
おじーの親友が作ってくれたお粥。出来上がるまで45分位かかってました。お腹に優しくて美味しかった〜〜
おじーを語るものたち~ Over The Sea Into The Blood~
おじーがまだ20代前半だった若かりし頃。
当時はヒッピーカルチャーの真っただ中で、サンフランシスコ界隈も今とは違ってもっとのんびりした、開放的な雰囲気だった。ヒッチハイクが盛んだったのも、この頃。
ある日、若かりしおじーは白人のカップルを車に乗せた。
カップルの男性の方を何度か見かけたことがあったこともあり、彼らのヒッチハイクに応じた。
女性の方が人懐こく、おじーに色々と話しかけてきた。
男性の方は黙りこくって、如何にも機嫌悪そうにしている。
目的地について2人が車を降りる時、その男性がドアを力いっぱい、バタンと閉めて、汚い言葉でおじーを罵り、差別用語をあびせ、おじーに喧嘩を売り始めた。
この男性が銃を持っていることを察したおじーは、すぐにその場から走り去った。
あとでその男性が、日本語でいうところの暴走族 / ギャングのトップだった人だったことがわかった。
ヒッピーカルチャーが盛んな時代だから、人種差別も緩和されていた・・・
なんて、そんなことはない。
たまたま、乗せた人がギャングのトップだった人・・というのは、なんというか、運が悪い・・というのもあるけど、こんなこと、かなり珍しいことだよな、とも思う。
それからおじーはヒッチハイクに対してもっと警戒するようになった。(もともと警戒はしていたものの、こんなことが起こってしまったから尚更。)
とにかく、おじー、生き延びてくれて良かったよ〜〜〜。(><)
でもって、実はこの話には続きがある。
それから3年後。
ある日、おじーは女性のヒッチハイカーを車に乗せた。
なんだか見覚えがある顔だったのでその事を話すと、その女性も同じく、おじーに見覚えがあるという。
話をしているうちに、その女性がおじーが脅されたギャングのトップと一緒にいた女性だったということが判明した。
「本当にあの男はろくでなしだったわよ。私の彼になりたがってつきまとわれたけど、私が嫌でとっとと離れたわよ。」と、ギャングのボスの悪口を連ねる女性。
「まあ、そんなことより、これからテネシーに行って生活するんだけど、あなたも一緒にいかない?」と、テネシー生活におじーを誘う女性。
サンフランシスコ界隈のベイエリアでの生活が好きだし、もともと南部出身のおじーがまた南部に戻ろうとも思わず、ましてやよく知らない女性と生活するという状況。このお誘いに魅力を感じなかったおじーは丁重にお断りしたそうな。
女性の方も強引というわけでなく、ただおじーと何かフィーリングが合うものを感じたようで、おじーの電話番号を聞いて気持ちよく車を下車した。その後、実際に3回位おじーに連絡があったそうな。
この話を聞いて、ふと、
「もしかして、その女性、すごい美人だったとか?」(ギャングのトップのような人に好かれ、振るくらいだから、何か特別な魅力があるんだろーなーと思ってさ。)
と、おじーにきいてみたら、
「いや〜、そりゃもう美人だったよ〜〜。」と答えが返ってきた。
あ、そうですか(^^;)
私にはいくつかお気に入りの「おじー人生ストーリー」というのがあって、この話もお気に入りにランクインしている。人生に起こる偶然の話をきくのは、いつもおもしろい。
この「おじー人生ストーリー」の語り手はおじーなのだけど、実はその半分以上は、おじーが関わった人がおじーが何者であるかを語っている。
もちろん、おじーの解釈で話をきいているわけだけから、実際には違った見方もできるのかもしれない。だけど私には、この美人の女性が、強引だったわけでなく、気持ちよい会話を楽しみ、そして、その後、何度かおじーに連絡をした・・というのが、おじーがどんな人なのかを語るひとつの指標になっている。
さて、前置きが長くなりましたが(今までのは前置きです。)
この度、おじーのポエムとおじー自身による朗読パフォーマンスがフィーチャーされた音楽がリリースされましたー(^^)
視聴もできます〜。↓
crosspointproception.bandcamp.com
日本国内、海外でDJ/ ミュージッククリエーター(プロデューサーっていうのかな?)として活躍するJUZU a.k.a. MOOCHYさんが、ミュージシャンとしてのおじーではなく、おじーそのもののエネルギーを表した作品を産み出してくれました。
わたくしごときが言えることではありませんが、
本当に、お見事!!!という言葉がぴったりの作品で、JUZU a.k.a. MOOCHYさんがいかにおじーの世界観にリスペクトを持って接してくれているかが良くわかります。
今の日本の、誰かが一方的にプロデュースして、人形化した人達がパフォーマンスをして盛り上がっている幼稚な音楽産業(言い過ぎでしょうかね。。^^;)はそろそろ本当に廃退して頂いて、
音楽からリスペクトやスピリットを学び、人生を考える、そんな状況がもっと一般的になったら凄いのにな〜〜〜と思うさとちゃんでした。
JUZU a.k.a. MOOCHYさんにリスペクトを。素晴らしい作品を生み出して下さり、本当にありがとうございます。
ジャケットのイラスト。世界観にぴったり!
さとちゃんアップデート:副腎疲労と分子栄養学と高城剛
突然ですが、私には、自殺してしまった2人の友人がいる。
実際には、友人ではなくて親友。
そしてもう1人は、以前お付き合いしていた、いわゆる世間では元カレと言われる人。(元カレという言葉の響きがどうしても好きじゃないんですけど。。まあ、いいとして。)
この2人の死から立ち直るのに数年かかり、強烈なショックが私のこのヘッポコな体調(この度、低血糖症状からめでたく副腎疲労に昇進?しました〜〜。笑)に貢献したのは、恐らく間違いない。
ずっと不思議だったのは、どうしてこの2人は自殺したのか?ということ。
そこには計り知れない葛藤、悩み、心身の辛さがあったのかもしれない。
本人じゃないから私には正確には分からない・・・。
が、
生前の2人と自分をあえて比べれば、むしろ私の方がずっと自殺の可能性が高かったんじゃないかと思う。クヨクヨ考えて、考えて、考えて、この2人からも「考えすぎ」と駄目だしされてた位だ。別の友人には、「そんなんじゃいつか破滅するよ!」とまで言われたことがある。(ま、半分冗談だったかもしれないけど・・。どんなシチュエーションで言われたかは、今となっては忘れた。)
低血糖症と診断されて、自分自身「うげー死ぬー。」って思った時に、
「きっとあの2人も、身体のバランスを崩してたんだろーなー。」
と、思った。
2人に共通していること、
それは、
本当に、とてもとてもすばらしいアーティストだったということ。
そして、とても心の優しい、独特なユーモアと世界をもった人達だったということ。
さて、ちょっと専門的になりますが、下記の記事がとても興味深かったのです。
私みたいに低血糖症状を長く煩ってる人や、精神的にまいっている人は、自分のメチレーションのタイプを知ってみるというのも一つの手なのかもしれませんよね。これまた食べ物とか関わってくるみたいだし。
この分子栄養学は深すぎて、とっても素人の私なんかが説明できるものではないのですが、今、はまり始めてまして、色々調べていくうちに、
「そうだったのかーーーー!!!!!」
と叫んでいるので、その度におじーに
「さとちゃん、どうしたの!!」
と、反応されています。
これ、占いや心理学より、「当たってる!!」って感じすらするんですけど。笑
さて、栄養と言えば・・・
その昔(といっても2015年)、低血糖症と診断されてから、医者や当時相談していた方の指示を守ってサプリのメガ盛り、高タンパク食を続けていた私は、
なんと、この度、めでたく症状が悪化した。(^^)
まあ、そもそも体調は波のようなものだから、元気な時もあるんですけど、圧倒的に具合悪い方が多くて、それを自己暗示にかけて「そんな私も大丈夫!」と受け入れてみたり、やれサプリが足りないだの、肉が足りないに違いないだの、そんなことをずっとやっていた。
もう身体がサプリを飲みたくない!チーズも肉も食べたくない!って拒絶反応を感じるようになってから、
どうにも変だな??とは思っていたので、この度、検査を受けたところ、
なんと・・・
サプリ取り過ぎ
消化できないのにタンパク質を取りすぎ
その結果
炎症!!(^^)
気がつけば低血糖症状がひどくなっていき、またゾンビ状態に逆戻りだったもんね。。
ただ今回、検査機関を変えて、データの解読をされる分子栄養学の専門家の方に見てもらって、
改めて、この栄養療法の分野はまだ情報が錯綜している状態なんだな。。と感じた。
低血糖症には、鉄、ビタミンB群、高タンパク、低糖質がスローガンのように叫ばれ、
補食にはチーズとナッツ♪みたいな世界だったんですけど、
今、私は鉄は飲んでいないし、というか、そもそも飲んでいた数多くのサプリの半分以上が不要、カゼインフリーにしてチーズ等はやめて、避けていた糖質は複合炭水化物については必ず食すものにまでなった。
情報はどんどん更新されている。
個体差が大事だということ。サプリと高タンパクで治ります〜なんてものではなかったのよ〜。
誰の言葉を信用するかで、結果は違ってくるんだなーと(お医者さんであってもね。)、つくづく思いました。。。
さて、この分子栄養学がらみで引っかかり、 今、私は高城 剛 氏にはまってるんですけど、なかなかおもしろいですよね。栄養関係の情報にも通じているようで、ほほ〜〜なんて思って読んでます。
余談ですが、最近の彼のメルマガにタイムリーに宮澤クリニックの宮澤先生のインタビューがまとめられていて興味深かったです。(上記のリンクの記事を書かれている医師です。)
ということで、
最後にその高城氏の言葉を引用して終ります。
幸せとは、セロトニンのことである。
その特徴(セロトニン)は、
疲れない、ぼーっとしない、やる気が起きる、集中力が続く、怒りっぽくならない、イライラしない、キレない、落ち込まない、すぐくよくよしに、食べ過ぎない、寝付きが良い、眠れる、欲求不満にならない、日中眠くならない、肩がこらない、緊張しない、ストレスが溜まらない、様々な依存症にならない 等
中略
収入の多寡や物質的なものでは、人々は幸せを感じないのは、科学的に証明されている。消費によって一瞬幸せを感じたように思っても、セロトニン量を計測すれば、ただの興奮にすぎない。(ドーパミン、ノルアドレナリン)
中略
脳波をログれば、あらゆる「真実」がわかるが、こうなると、幸せになる方法はスピリチュアルや自己啓発ではなく、科学や医学ではないだろうか?
(「多動日記」健康と平和 高城剛 より一部を抜粋)
以上 さとちゃんでした。
復活☆低血糖症のぐうたら日記
ちっとも嬉しくないこのブログのタイトル。。。
久しぶりにとっても具合が悪いので、記録用にブログに残しておきますー。
(だらだら書いているだけなので、読まなくていーでーす。)
2015年に低血糖症と診断され、あれやこれや試行錯誤しながら、まー、わりと普通に生活できるようになってきたのですが、とは言え、なかなかスムーズにはいかない私の体調。。
今年の3月までは、こんなスケジュールでした。↓
月 9:00-10:00 英語クラス、
火 11:00-18:00 バイト、18:30-19:30ダンスクラスでドラムの演奏
水 9:00-10:00 英語クラス、11:00-18:00バイト
木 12:00-13:30 ダンスクラスでドラム演奏、15:00-18:30 バイト
金 9:00-10:00 英語クラス、15:00-18:30 バイト
土 13:00-14:30 ダンスクラスでドラムの演奏
上記の時間以外で、家事や英語学習をぶち込み、月1位で友達と遊んだりしてました。
で、3月いっぱいで2つやっていたバイトのひとつのお店が閉店になってしまった為、3月は閉店する方のバイトが忙しくなり、残業、そして土日も働くというチャレンジをしていました。ちょっと具合の悪さを感じつつも割と楽しく仕事をこなせていたので、低血糖症の症状は出ていつつも、たいして気にしていなかったあの頃。
で、4、5月はあんまり覚えていなんですけど(^^;)、ドラム演奏のパフォーマンスがあったり、あと5月は2回、マウント・シャスタに行ったり、車の免許を取るための準備を始めたり・・なんてことをしていたら、あっと言う間に時間は過ぎ去りました。。
思えば、車の免許の教習が始まったころから、ちょっと具合がよくない感じがありまして・・。というのも、私は日本で免許を持っておらず、42歳にして初免許取得に挑戦!こっちは日本みたいな教習所のシステムではないので、初日から路上に出て運転の練習開始!最初は駐車場なんかでおじーに教えてもらってたのですが、英語で運転習うって初心者にはちょっときつくて・・・。(^^;) 安全性を考慮して、プロの教習を頼んだのですが、これもこれで私には大変で、頻繁に動悸や目眩の症状が出てきたので、一旦、教習をお休みすることにしました。(日本だと、教習所内で運転の練習してから路上に出るんだと思うんですけど、いきなり路上だからなんか怖くてさ〜〜。まあ、慣れなんでしょうけど。。)
で、そうこうしているうちに、サマーセメスター(夏期講習みたいなもの)開始。
月曜日から金曜日の9:10-12:30頃まで、毎日みっちり英語学習。
ちなみに、このサマーセメスターのクラスを取るために私は続けていたもうひとつのバイトをやめました。収入がなくなってしまう不安があったけど、それよりも私の英語をもうちょっとなんとかしたい!という気持ちが強かったので、おじーと相談して決断。
このクラスが想像以上に大変で毎日宿題の山。また、授業以外に15時間の追加の個人学習が必要で(クラスとは別で学習する場所があるのです。)、それもクリアしないと単位が取れないという。。。宿題も、家に帰って家事をやりつつ、結局終るのは寝る直前。。おじーが夕飯を作ってくれて、その間、宿題をやっているのにまだ終らないという・・(まあ、日によるんですけど。あと私の性格かな・・^^;。 エッセイはすごく時間がかかってしまうので。。)
私はこの英語クラス以外にも、週2回でヒップホップのダンスクラスも取っていて、これは遊びみたいなものだから、気晴らしに楽しく身体を動かしていたんですけど。。。
なんかさとちゃん、疲れちゃったみたい〜〜(^^;)
先週、あたりから一気に具合が悪くなってしまってベットから出られず・・・。
週末は寝たきり。
昨日はかろうじて、英語クラスに出席したけど、授業の途中から集中できず気持ち悪くなってくる始末。それでも頑張って宿題やったりしちゃってたんだけど、
本日、とうとう、欠席〜〜〜〜(^^)
ギリギリまで仕度したんだけど、目が回っちゃって、吐気があったので、お休み決定。
ベットに戻りハンカチを噛み締めながら(やってませんけど)、久しぶりに自分のブログ読んでみたりして。
1年前の私と比べると、行動範囲もずいぶん広がったな〜〜とか、そんなことを思う。
記録しておくのも役に立つな〜と思ったので、今、ブログを書いています。ちょっと症状も落ち着いてきたしね。(^^)
以前は体調不良に悩まされつつも、自分の行動範囲が少しづつ広がっていることを自分で誉めているという、なんだか微笑ましい感じだった。
今の私はどうかというと・・・
基本的にはあまり気にせずやり過ごしてます。
ただ、今回の具合の悪さを体験して、改めて、サプリや食事を見直してみるかな〜と思ってます。
ダンスや筋トレ(筋トレは秋のセメスターでクラスを取りました〜。)を始めると、必要な栄養はもっと増えるだろうし、1日勉強しているのも、やっぱりそれなりに疲れる。頭を回転させる栄養が必要ってことかな。(さとちゃんの理解力、まだ遅めだし。)
あと、運転みたいな、ともすれば事故に繋がりかねないことをやるには、最初から動悸や目眩がない状態にしておくのは必須だもんね。というか、そんな状態で運転してる人がいたら、迷惑どころか危険だし。
とうわけで、専門家に頼んでサプリや食事の見直しをする予定でいます。
また今後、変化があったら記録に残していきたいと思います〜。
もうすっかり低血糖症に飽きているので、正直なところ、ちょっと落ち込んじゃってるさとちゃんでした。とほほ
さとちゃん in マウントシャスタ
午前中にダンスクラスで演奏してから、車で6時間かけてマウント・シャスタに向かった我々。大自然に癒されながら、既にこの頃からちょっと具合が悪かったさとちゃん。てかま、忙しかったよね。。(^^;)
Love and Happiness
おじーが作ったマグロの煮物の夕食を食べながら、おじーがこんな話をしてくれた。
今日、スーパーでこのマグロを買う時に、カウンター(ショーケースに入っているマグロの切り身を買った模様。)の中国人と思われる中年の女性に、2切れお願いしますって頼んだんだけど、彼女、英語がよくわかないみたいな、さらに疲れた様子でむすっとした感じだったんだよ。で、まあ、切り身を包んでくれたから、
「調子どう?」って聞いてみたら、
「まあ、いい感じだよ。」とそっけなく返してきたから、
「それはよかった!」って答えたんだけど、そしたら、
「元気じゃないよ。私はもう疲れた。」って。
だから、「長い時間働いているのは大変だね。」そして、中国語で
「どうもありがとう!」伝えてその場を離れようとしたら、ちょっと驚いたみたいで、
「あなたはどこの出身なの?何をしている人なの?」と話かけてきたんだよ。
出身地と自分が学校で働いていることを伝えたら、
「あなたはきっといい先生なのね。」と、笑顔で見送ってくれたんだよ。
最初に彼女を見たときはとても疲れているよう見えたけど、最後には彼女のエネルギーが変わっていた。自分の言ったことで誰かが元気になるんなら、なんだかいいよね。こういうの。
おじーはこういうことがたくさんある。
ただ、こうじゃないこともたくさんある。(^^;)
要は、人とのコミュニケーションが活発なので、良くも悪くも色々なことが起こる。
おじーが、最近買ったお気に入りのパワーストーンを無くし、近所の公園に探しにいったときは、どういうわけか、公園にいた全員がおじーの為に、石を探してくれたそうだ。
ベンチに座っていた足が不自由なおばあさんまで、「あなたの探し物は見つかったの?」と、この状況を知っていたのには驚いたよ〜と、おじー。
一緒に探してくれた人の1人に「それは高価なものなのかい?」と尋ねられて、
「3ドル(300円と思って下さい。)で買ったものなんですけどね、僕にはとても大事な石なんですよ。」と答えたそうな。
もちろん、大切なものに値段は関係ないのだけど、、
なんだか、想像すると微笑ましい光景だった。
その後、おじーのパワーストーンは、おじーのジーンズのポケットから無事に救出されました。たはは
よかったね、おじー。(^^)
こういう話はきっと、あちこちに溢れているんだろうなと思う。
ちょっとした会話や行動、そんな些細なことだ。
だけどその一方で、そんなに溢れていないだろうな。。。とも思うことも多い。
人によるのだろうな・・と。
2年前、マウントシャスタに行ったとき、私はブログのタイトルにスピリチュアルという言葉を入れた。
これのこと↓
3部に渡る大作ブログだったのに、私は記事の中から肝心なスピリチュアルの部分を省いた。
この旅の中でとても貴重な体験をして、それを書きたかったからタイトルにスピリチュアルを入れたのだけど、結局書けなかった。しばらく、心の中にしまっておこう・・そんなふうに思ったので。
起こったことはこうだ。
困っている女性を助けた。
ただ、その女性はちょっと精神的に問題を抱えていて、明らかに様子がおかしかった。
まず、私が話しかけられ、おじーに相談した。
我々でその女性の手助けをすることを決めた。
その女性と一緒に我々がその場を車で去るときに、その場に居合わせて一部始終を見ていた女性が
God bless you (神のご加護を)
と、私たちにむかって、半ば怒鳴る様に叫んだ。
今のところ、あんなGod bless youを聞いたのは、あのときだけ。
乱暴に聞こえる程、とても真剣なBlessingで胸がつまった。
その後、我々は無事に女性を目的地まで送りとどけ、おじーは、ポケットに入っていた全財産(といっても数十ドルしかなかったんですけど。。あのとき、私たち全然現金がなくてさーー^^;)をその女性に渡した。
その女性と別れ、車をちょっと走らせたところで、急におじーが車を止めて、肩を振るわせて泣き始めた。私はGod bless youを聞いたときから、既に半泣き状態だったので、おじーがなんで泣いているのかよくわかった。
ただ、この涙の理由の説明はできないのだけど・・・
その部分を私はスピリチュアルとタイトルをつけた。間違った使い方をしているのかもしれないけれど、言葉の域を超えた何かがおじーと私に起こり、そしてそれに私たちは感謝している。
ある日のバイトの帰り道、1人で地下鉄に乗っている時、若い男性が可愛らしい犬を抱えて、「自分はホームレスで食べるものもなく困っているので助けて下さい。」と言って、車内を周り始めた。
「現金はもっていないのだけど(だってカード社会だからさー。現金、財布にいれてなくてさ。。それで困ったこともあったけど。。^^;)、これで良かったら。」
と持っていたチーズスティックを渡した。
「とっても役立ちます。本当にありがとう。」と、真剣な眼差しで言われた。
私の前に、彼に何かを渡している人はいなかった。
私の後に誰かいたのかは分からない。
乱暴な感じだったり、完全に違う次元にいるホームレスの人たちもにいるから、一概に関わるのが良い事とは言えない。
ただ、時々、こういう不思議なコミュニケーションに私は救われている。
冒頭のおじーの話を聞いたとき、夕飯を食べながら何故か涙が出てきた。
マウントシャスタで出会った女性は、指先の破れた靴をはき、今にも泣きそうな様子で、
「あなたに話しかけるって決めてたの。お願いを聞いて欲しいんです。」って言っていた。
本当に些細なことだし、場合によっては判断が難しいことでもあるんだけど、
だからこそ、
今、振り返って、
その時のことをとても貴重に思う。
おじーが、
「3ドルで買ったものなんですけどね、僕にはとても大事な石なんですよ。」と言ったのを、私はとても気に入っている。
些細なことだけど、私にはこれらのことがとっても大事なことに思えるのです。
記録として、今回、残しておこうと思います。
ブログのタイトルはこの曲から頂きました〜。
アメリカで庶民が化粧品を買うんなら
ここがいいんじゃないの?↓
オンラインショップなんでけど、初めてのお買い物が25%オフになるよー。
そして、私も25%オフになるらしいぞー。
という宣伝でした。(^^)
注:日本への発送はやってません。
まあ、それはどうでもいいですけど(まあ、25%オフになったらうれしいけどさー)
アメリカに来て、「アメリカにはどうやら化粧水というものがないらしい。。」という事実を知ってから(まあ、あるっちゃあるけど、日本の化粧水とちょっと意味あいが違うみたい。)、
精製水にグリセリンとにがりを入れて、自分で化粧水を作り、あとはココナッツオイルを塗っておしまい!
という生活を続けているんですけど(まあ、日本にいた時もそんな感じだったけど)、
2年くらい続けていたらさすがに飽きちゃった(^^;)
というわけで、
お肌に優しい成分で、尚かつ、経済的な化粧品はないものか???
と、調べて行き着いたのが上に紹介したサイト。ま、これです。↓
今のところのさとちゃんの所持品のみなさん。
この真ん中のピンクのボトルは特にお気に入りでこれで3本目。
化粧水をつけてからこれを塗って、ココナッツオイルをつけるんですけど、もう手放せません。
ちなみに、このサイトを参考にしたんですけどね、
日本でナチュラル、オーガニックの化粧品を買うとなると、
私が知る限り、、
「たけーーんだよ!!」
(今はどうだか知りませんが、どうなのかしら?)
と雄叫びながら、それでもまだ買えていた独身貴族時代。
今はとてもじゃないけど、化粧品にお金をかける気にならない・・・
やすーい化粧品を買う・・という手もあるけど、さとちゃんのお肌はかなり敏感肌の為、一発で真っ赤に腫れ上がってしまうので、成分には慎重なのですよ。
そこで出会ったこのサイト。
しつこいようですがこれです↓
私は別に回し者でも、これで利益を得られるわけでも何でもないんですけど
(まあ、誰かが買ってくれれば25%オフになる位なものよ。)
たださ、
安いのよ。(^^)
ナチュラル化粧品でこの価格帯だったら、ご機嫌で買い物ができる〜〜。
それに、本当にさとちゃんの敏感肌でも使えるから、
学生さんとか、アメリカで庶民の生活してる人にはいいんじゃないかな〜って思って投稿してみました。
ご参考までに,ということで。(^^)
さとちゃんでした。
ハッシュタグに挑戦!↓(これであってるのかな・・^^;)
#アメリカナチュラル化粧品 #コスパよし #アメリカ安くて安全化粧品
月はどっちにでている???のさ!!!! 満月と新月の時間
サンフランシスコ時間で、今日は3月21日木曜日。
日本時間で3月21日の10時43分に満月になったんだってさ。
でね、さとちゃんは10年位前から新月に願いごとを書いていて、一時期さぼってて、でももって復活して、数年前からは新月だけでなく満月にも願いごとを書く様になったんですけど、
こちらのサイトを参考にしたりしてさ ↓ 本も出てるよ。
願いごとを書くのは、基本的に新月、満月になってから24時間以内。
だもんで、何時に新月、満月になったか?という時間が重要なんですけどね。。
占星術とかわりと好きで、分厚い本読んだりしたこともあったんですけど・・
それもこれも、日本にいた時の話。
私、まさかの超うっかりさんでございまして・・・(^^;)
ということに、今日、気付いたんですけど・・・(^^;)
だってさ・・・ そもそも天体の勉強って、何の授業でやったっけ??って言う程、習ったのは昔の話。(どうやら学校では理科の授業で教えてるみたいなんですけど、そうだっけ???^^;)
日本で満月が3月21日の10時43分なら、サンフランシスコだって同じ日の同じ時間だ!と、
私は、サンフランシスコに来てからの2年とちょっと、そう、信じ込んでいました。。
地球は自転している。時差があるんだから、お月様にもそれが適応されるだろう・・というのが私の説でした。。
だから、おじーが、まんまるのお月様をみて、
「今日は満月だねー。」
と言っても、
「正確には明日です。今日はまだ満月ではありません。」
と、断言してました。
私がサンフランシスコに来てから、お家のカレンダーは全て日本のカレンダーを使っていたんですけど、そこにも満月、新月の日が書かれていたので、確信をもって、
祝日の情報以外は、お月様情報も含めてカレンダーは世界共通!と、
思い込んでたんですけどね。。
今年からアメリカのカレンダーを使う様になりまして、
「あれ??なんか満月と新月の日が、私の情報と微妙に違うぞ。。。」ということに気がついたんですけど、
なんせ、アメリカのカレンダー。しかも、あっちゃこっちゃで無料で配布されてる大量生産ばらまき型カレンダーなので、
「カレンダーが間違っているに違いない!!」
と、カレンダーのせいにしてました。。
だって、ここ、アメリカだからさーーー。(^^;)
というわけで、今日の今日まで、自分を信じてきたんですけど・・・
ふと、
思い立って、おじーに相談してみると・・・。
「えー、昨日、既にお月様まんまるだったよー。」と例のごとく、おじーの感覚で言ってくるので(と、私は思い込んでいた。)、調べてみたら・・・
げげげ!!!サンフランシスコは(てかアメリカは、ともいう。)、既に昨日の18時に満月になっていたぞ!!*要は、全世界共通の時間(時差の適応なし)ということです。
やっぱりカレンダーはあっていたのか〜〜〜〜!と思って、カレンダーを見直したら、
3月20日 New Moon(新月のことです。)
と書かれている。。。。
・・・・・・・・
どっちだよ!!!!!
「ちょっとおじー!カレンダーに新月って書いてあるんだけど、新月の間違えじゃないの???」
毎回、新月と満月のお願いごとを書いているにも関わらず、もう、前回が満月だったか新月だったかすっかり忘れているさとちゃん。
「えーー。満月だってばー。昨日みたんだからー。」と、おじー。
最終的に、パジャマから着替え直して家の外に出て見に行ったら、
満月でした。(^^;)
ま、正確には97%。100%の満月は昨日だったもんね。。
うっかり、このやっぱりめちゃくちゃなアメリカのカレンダーのせいで、
日本は満月だけど、アメリカは新月、
という、アホみたいな考えが頭をよぎって混乱したけれど、
家に戻り、おじーと2人して、お互いノートパソコンを開き、天体のお勉強して理解を深めました。(さとちゃんは、なんでお月様に時差が適応しないのかがようやくわかりました。たはは。。馬鹿ですみません。。)
おじーは何かインスピレーションを得たようで、「明日の授業で使う。」といって(明日はおじー、美術のクラスを担当する日。)、黙々とリサーチをしているよ。
ちゅーわけで、
アメリカに来て2年と数ヶ月。
コツコツと書き続けてきた願いごとは、見事に時間がズレていたようで。。。
だから、あんまり成就率が高くなかったのかな??とか、微妙に納得したりもしています。
あーあ、あたしって、
馬鹿よね・・・・(TT)
話はそれますけど、
お馬鹿なさとちゃんと違って、おじーは、実は◯◯◯大学も、◯◯◯大学も、おじーが出願した大学は全部合格していて、ただ、経済的な事情で地元のサンフランシスコの大学を選んだという話を最近きいて、
ほげーーーーーーー!!!とひっくり返りそうになった。
まあ、昔と今では大学のランキングも違うと思うし、おじー曰く、当時は黒人の学生が優遇されていたらしいんだけど、
おじーが口にした大学の1つは、今をときめくあの◯◯◯大学だった。(◯の数は名前と一致しません。あしからず。)
おじーの言う事、もうちょっと真剣にきかんといかんねー。さとちゃんは・・(^^;)
なんちゃって・・・